素晴らしいレーベルオーナーになるために何が必要なのかをズバリ述べるのは難しい。運営形態によって考えられる要素は様々だ。しかし確かなことがひとつだけある。単に音楽以上のものがそこにはある、ということだ。成功しているレーベルは通常、自身のプロジェクトに対して明確なビジョンを持っている。アートワークや、リリースするフォーマット、プロモーション、さらには、レコードのプレス数を決めるといったシンプルなことまで、ビジョンはあらゆることに影響を与える。良質なレーベルのオーナーは、いつまでも色褪せることのないハイクオリティな作品をリリースするため、あらゆる面を念入りに考慮しているのだ。

Northern Electronicsの設立者として、Abdulla Rashimは自分の使命を感じている。2011年以降、彼は高い評価を集めるソロアーティストであり、拠点とするストックホルムからテクスチャーを多分に含むメロウなテクノを発表してきた。彼のディープで空間的なサウンドは確立されたイタリア人アーティストであるDonato DozzyとGiorgio Gigliに影響を受けている。Northern ElectronicsがRashimにとって最もユニークで持続的な経歴になることはほぼ間違いない。近年、最も人気が高く良質なディープテクノを手掛けるVarg、Korridor、Acronym、SARSといったストックホルム在住の仲間たちと共に、彼はコレクティブを作り上げてきた。

Northern Electronicsの音楽観は鋭く洗練されている。テクノの実験性と伝統性に等しく焦点をあてることで、同レーベルの存在は際立っている。そうして生まれる多様性によりNorthern Electronicsが放つ魅力は、Rashimの初期作品に群がっていた純粋なテクノリスナーたち以外にも及んでいる。DJたちはKorridorやAcronymによる比較的アップビートでクラブ仕様のトラックを選択できる一方で、VargやRashimは同レーベルで最もレフトフィールドな試みを提供している。そうした多様性を繋ぎ合わせる要素は感情的な感覚だ。Acronymの「River Red Gum」における深海の緊張感、VargとSARSによるプロジェクトFödd Dödが制作したニューウェーブアルバム『Studie I Närhet, Längtan Och Besvikelse』の霞んだ絶望感、もしくは、Korridorが『Taotast』でみせた優雅で回顧的なテクノなど、作品を問わず同レーベルのカタログを通じて、感情的な感覚が輝きを放っている。

Rashimは次のように語る。「言葉に置き換えるのはとても難しいね。すべてエモーションとアイデアが軸になっている。音源を聞けばすぐに分かる。誰でも分かるよ」

Northern Electronics ft. Ulf Lundell

彼とベルリンで話したのは土曜日の暖かな夕暮れ時だった。3時間の会話を通じて、Rashimはゆっくりと柔らかい口調で語り、自身の考えをまとめるため、一瞬沈黙することもあった。背が高く、引き締まった身体とブロンドの髪を持つ彼のボーイッシュな顔立ちは、自身の音楽が持つムーディで往々にしてメランコリックなサウンドには当てはまらない印象だ。Rashimをシャイだと思う人もいるだろうが、彼は時間さえあれば、ジョークを飛ばし、Drakeのようなラッパーについても語り始める。さらに彼は、自身の制作について非常に深く考える人のオーラを放っている。

Northern ElectronicsはRashimにとってAbdulla Rashim Recordsに次ぐふたつ目のレーベルだ。2011年から2013年の間に、Abdulla Rashim Recordsはディープテクノの12インチを6枚リリースした。Rashimの初期作品を発表する場として同レーベルが立ち上がったのは、彼が好む音楽が大量に存在していた時だった。当時はPrologueや、Stroboscopic Artefacts、そして、Mike ParkerのGeophoneといったレーベルが台頭し始め、多様なムードとエネルギーを持ち、複雑に入り組んだ瞑想的なトラックを発表していた。

Abdulla Rashim Recordsはプロジェクトとして成功を収めたが、設立者である彼はさらに大きな野心を抱いていた。Rashimは次のように語る。「最初の時点で、ストックホルムから何かを築き上げていくというアイデアがあって、他の人に頼らないといけない状態ではなく、自立可能なグループやプラットフォームを作りたいと思っていた。頼れるのは自分たちだけだ」

さらに彼は次のように続ける。「レーベルを始めたいといつも思っていた。だけど、どうやってレーベルを形成したり、物事を始めたりしていけばいいのか全く分からなかった。だから構想に数年間を費やして、その間にAbdulla Rashim Recordsを運営していた」

彼と会う前日の夜、前衛的なサウンドに特化した人気フェスティバルBerlin Atonalにて、RashimはNorthern Electronicsのショーケースを行っていた。VargやAcronym、そして、Puce Mary（コペンハーゲンにあるレコード店／レーベル、Posh Isolationに関係するアーティスト）と共に、同フェスティバルで5時間の枠を思い通りに使えることになったRashimは、ディープかつ高密度で、ほぼビートレスのライブセットを披露した。彼らのアプローチには反抗的な感覚がある。あらゆるダンスミュージックを提供することに反対した彼らの姿勢は、Northern Electronicsの運営模様を反映している。彼らはテクノを通じて人々を引き寄せてから、さらに挑戦的なサウンドで迎え撃っているのである。

Rashimは前述のショーケースで行った彼らのセットについて次のように語る。「ダンスミュージックではなくても、同じ感情を喚起させるんだ。分かりやすいリズムだとか、リズムが無いとか、どうでもいいんだ。雰囲気がすべてなんだ。どれだけ速くしていけるかとか、みんなが踊れるかどうかってことではない」

Northern Electronicsは2013年に発足し、Vargの『Misantropen』をリリースした。短いアンビエントトラックと一緒にディープテクノを同封したアシッド色の強いアルバムだ。AcronymのDJフレンドリーなシングル「River Red Gum」がそれに続き、その後、レーベル初のビートレス作品を発表した。「Withatten 1892」と名付けられた5部に渡るドローン作品であり、Abdulla RashimとVargによるUlwhednar名義での初コラボレーションだった。カセット限定で発表された同作の後、Ulwhednarは初のフルレンクスアルバム（パーカッシブなテクノによる無名のアルバム）をリリースした。このアルバムには短めのドローン／アンビエントトラックが数多く収録され、Rashimが特化している音楽性の両面を確固たるものにした。

それから2年間、Northern Electronicsは着実に自分たちの音楽範囲を広げてきた。あまり知られていないが、Blodörnというサブレーベルからカセットでドローン作品がリリースされる一方で、Northern ElectronicsはVarg、Acronym、Rashimによるテクノをリリースしながら、Född DödとSARSによるニューウェーブや、D.Å.R.F.D.H.S.によるアンビエント、Lundin Oilによるインダストリアルを発表してきた。さらに、ハウスの楽曲で知られているDorisburgもいる。そのほとんどを繋ぎ合わせるのは特定の感覚だ。おそらくそれはメランコリアと言えるだろう。こうした感情的な感覚を含むことは、よりハードでインダストリアルなスタイルのサウンドに向かう現在注目のトレンドとは相反している。Northern Electronicsの音楽はダークでありながら、とげとげしさや攻撃性がほとんどない。それにより、現在、リヴァイバルを迎えているUKサウンドの男性的世界観から同レーベルは切り離される。Northern Electronicsの人気が高まっている理由は、この点から説明できるかもしれない。多くの人たちは、ハードなダンスミュージックレーベルではすぐに見つけられないサウンドを聞くために同レーベルをチェックしているからだ。

Rashim自身を含む多くの人たちがディープテクノを聞く理由も同じだ。彼は次のように語る。「ある意味、解放的なんだと思う。音楽がメランコリックでも、中には『すべて上手くいく』って気持ちにさせてくれるものがあるんだ。どうしてこんなにも特別に感じるのか分からないな。どこかで俺たちが聞き慣れているものとは全く違っていて、他の多くのものよりも大きなインパクトと意味があるんだ。日常生活の一部とは違う感じかな」

Northern Electronicsのアーティストはいずれも同レーベルと深い繋がりを持っている。中でもVargがその筆頭だ。彼は同レーベルで最も広く聞かれた作品を手掛けてきた。彼の本名はJonas Rönnberg。名義であるVargはスウェーデン語で「狼」という意味だ。この名義は、教会を燃やしたことや、バンドメンバーのひとりを殺害したことで有名なノルウェーの人種差別主義者／ブラックメタルアーティストであるVarg Vikernesを参照していると誤解されることが多い。Rönnbergはメールで次のように語ってくれた。「Vikernesとは全く関係ないよ。みんながどうして彼のことを考えるのか全く理解できないよ。ChristianやYves、それにCelinéとかと一緒で、人間やペットにつけるごく普通の名前なのに」

RönnbergはNorthern Electronicsで最も辛口な性格だ。彼がやってきたのは、筆者がRashimと会話を始めて90分後のことだった（その時にはAcronymとデザイナーであるJonas Bardも参加していた）。すると、私たちの会話は一瞬にして躍動的になった。Rönnbergは早口で大声だ。色々な話をするのが好きで、頻繁に話題がそれる。「Atonalではすっごいショウをやったと思うな」と、にっこりと笑いながら語るRönnbergは、前日の夜に開催されたAtonalの興奮からまだ冷めていなかった。

Rönnbergは2日前にAtonalのメインステージで行われた異なるショーケースでもライブバンド（他のメンバーはPuce Mary のFrederikke Hoffmeier、Damien Dubrovnik のLoke Rahbek、Vit Fana のOssian Ohlsson、そして、映像作家のErik Enockssonだ）として出演していた。パフォーマンス後に彼が話した人たちからは様々な反応があった。その反応に対し、彼は混乱と喜びを感じていた。Rönnbergは次のように語る。「従来のテクノが好きな人たちの多くは、木曜日にやったショウを受け入れなかった。ショウの後、俺のところにやって来て『全然、理解できなかった。君の作品とは違う音だ！』って言われたよ。でもレーベルショーケースの後になると、『今ようやく分かったよ。点と点が繋がった』って言う人もいた」

Rönnbergによると、Atonalでのショーケースのようなイベントはパズルにおける重要なピースなのだそうだ。Northern Electronicsのフォロワーについて彼は次のように語る。「（Atonalでは）彼らは全体像を見ることができて、すべての要素をひとつにまとめられるんだ。Abdulla Rashimが昔にやっていたサウンドからNorthern Electronicsにやってきたテクノ好きな人たちのために、俺たちがやっていることの全体像を描いてあげるのは楽しいよ。そういう人たちにテクノ以外の要素を押し込むことができるからね。それが楽しいところだな」

Atonalのようなイベントに出演の誘いを受けることは、Northern Electronicsの成功を象徴している。そして彼らはそれに十分に値する。各リリースに費やされる膨大なアイデアと時間、そして、労力は、多くのエレクトロニックミュージックのレーベルを小さな存在に感じさせ、そして、その違いが見て取れる。しかし、そのすべてにとって不可欠なのは、おそらく、同レーベルの中核メンバーが互いをよく理解する親友同士であることだろう。この日、ほとんど静かにしていたAcronymが次のように語った。「単に、もう少し込み入ったものから生じた最も明確なものが、レーベルなんだと思う」

このような発言はNorthern Electronicsの典型的な部分にあたる。彼らは己を知り、自分たちの立ち位置を理解しようとしているのだ。しかし同時に、彼らはレーベルの終結について語ることもいとわない。Rönnbergは次のように語る。「終わりは絶対にやってくる。いつどこで、ってことは分からないけど、何をするにせよ一番大切なのは、物事は終わりを迎えるってことを知っておくことだ。でも今のところ、俺たちはいい環境にいると思う。今、レーベルが終わりを迎えることはないね」

Rashimは次のように語る。「やることに意味がある限り、やり続けるよ。いつまでも延々と続けてクオリティが下がるような、ありがちなことにはしたくない。そんなことをしても、素晴らしかった物事の抜け殻が最後に残るだけで、それ以外に何も無くなってしまう。俺が考え付く最悪の事態がそれだね」

Northern Electronics LOTM mix
Abdulla RashimとAcronymにより紡がれた、立ち込めるNorthern Electronicsサウンドを巡る2時間の旅。新旧のトラックを取り入れ、史上最大級に拡張する彼らの領域を完全網羅。

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Filesize: 274.4 MB
Length: 01:59:52

D.Å.R.F.D.H.S. - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
D.Å.R.F.D.H.S. - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
SARS - Третий
SARS & AR - Stolen Scenes of Golden Lush
Varg - Skoptsy
D.Å.R.F.D.H.S. - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Råd Kjetil Senza Testa - Zamot
Ulwhednar - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Varg - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Acronym - Canopy
Korridor - Futurist
Ulwhednar - Nåjden Från Norra Västbyn
D.Å.R.F.D.H.S. - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Varg - Suede & Velvet Combination
Lundin Oil - Trading in Souls
Varg - Her Russian Eye is Underlined for Emphasis
Lundin Oil - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Acronym - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Abdulla Rashim - Red Pool
Acronym - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Abdulla Rashim - Ador Tracers
Abdulla Rashim - Unanimity
Acronym - Siege (Forthcoming Northern Electronics)
Varg & Vit Fana - Untitled / Scandinavian Swords
SARS & AR - For the Hour of Great Humiliation
D.Å.R.F.D.H.S. - Untitled (Forthcoming Northern Electronics)
Ulwhednar - Midvinter 6
Varg - Jámikasuolu
Född Död - Sista Dagen